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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(あ)1752号 判決 1966年12月20日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であり、弁護人高木定義の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、後記のように刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものと認められる。

原判決の維持した第一審判決が確定した事実は、被告人は自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和三七年一二月二四日午前九時ごろ小型貨物自動車を運転して交通整理の行なわれていない交通頻繁な場所である飯塚市昭和通り三丁目飯塚橋南端付近交差点を、吉田海産横広場方向から進入して右折しようとしたところ、右広場前車道中央付近でエンジンが停止したので、再び始動して発車しようとしたが、その際左側方のみを注意して右側方に対する安全の確認を欠いたまま発車し、時速約五粁で右折進行しかけたとき、右側方から山本博司(当時三一才)が第二種原動機付自転車を運転して飯塚橋方面に進行してくるのを約五米の距離まで接近してから初めて気づき、直ちに急停車したが及ばず、自車の前部バンパーを右原動機付自転車の左側に衝突させて、その場に転倒させ、よって同人に対し、約一〇〇日の治療を要する左脛骨頭骨折、同大腿下腿圧挫創の傷害を与えた、というのであり、以上の事実は、第一審判決挙示の証拠を総合してこれを認めることができる(ただ、記録によると、本件交差点は、平素交通頻繁な場所であるけれども、本件事故当時は、むしろ閑散な状態であったことがうかがわれる。)。

なお、被告人の車がエンジン停止を起こした位置については、単に「右広場前車道中央付近」とあるが、これは、第一審判決が証拠として挙示した司法警察員作成の実況見分書添付第二図(記録一〇六丁)記載<2>の地点(本件事故後まもない実況見分の際、被告人がエンストした地点として指示したもので、自動車の前部が、中央線をわずかに越えている。)を指すものと思われ、これに反する山本博司の証言(記録七九丁以下)は、他の関係証拠に照らし信用しがたく、他にこの認定を左右するに足りる証拠は、記録上存在しない。

ところで、このような場合、右山本のように、右側方から本件交差点に進入してくる車両の運転者は、交差点の中において被告人の車が右折の途中であることが一見して明らかであるから、道路の右側部分にはみ出し、被告人の車の前方を右側に出て進行するようなことは、決してしてはならず(道路交通法一七条、三五条、三七条参照)、たとえ被告人の車が一時停止したため通りにくい場合であっても、進行方向の左側に進み、徐行もしくは停止して進路の空くのを待つべきであり、また、被告人の車は、一時停止したけれども、歩行者の速度に等しい時速約五粁の低速で再び進行を始めていたのであるから、右側方から進入する右山本の車両としては、あえて道路の右側に進出して通過しなければならない事情はなかったものと認められる。

しかるに、関係証拠を総合すれば、右山本は、交差点を直進するにあたり、あらかじめ被告人の車が右折途中であることを認めていながら、被告人の車がエンジン停止したのを、軽卒にも、自分に進路を譲るため一時停止してくれたものと即断し、被告人の車の前方をあえて通過しようと企て、被告人の車が再び動き出したのに、なおハンドルを右に切って、約五米ないし八米の至近距離から突如中央線を越え、時速一二、三粁以上の速度で道路の右側部分にはみ出したため、被告人の急停車も及ばず、遂に衝突したものであることが認められる。してみれば、本件衝突事故は、主として右山本の法規違反による重大な過失によって生じたものというべきであり、このように被害者の過失が本件事故の原因となっていることは、原判決も認めているところである。

しかし、進んで、原判決が説示しているように、被告人にも過失があったかどうかを検討してみると、本件のように、交通整理の行なわれていない交差点において、右折途中車道中央付近で一時エンジンの停止を起こした自動車が、再び始動して時速約五粁の低速(歩行者の速度)で発車進行しようとする際には、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、右側方からくる他の車両が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りるのであって、本件山本の車両のように、あえて交通法規に違反し、自車の前面を突破しようとする車両のありうることまでも予想して右側方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当であり、原判決が強調する、被告人の車の一時停止のため、右側方からくる車両が道路の左側部分を通行することは困難な状況にあったとか、本件現場が交通頻繁な場所であることなどの事情は、かりにそれが認められるとしても、それだけでは、まだ前記の特別な事情にあたるものとは解されない。

そして、原判決は、他に何ら特別な事情にあたる事実を認定していないにかかわらず、被告人に本件業務上の注意義務があることを前提として、被告人の過失を認めた第一審判決を是認しているのであるから、原判決には法令の解釈の誤りまたは審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため同四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏原語六 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

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